ガチ勢とエンジョイ勢ー楽しむことと真剣であること

2025/10/22

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「楽しむ」ことと「真剣である」ことのあいだで
――地区運動会の真剣勝負から考える



私の住む東京の下町では、町会活動がとても盛んだ。お祭りや納涼大会、バスハイクといった行事が季節ごとに開催され、地域のつながりを感じる場面が多い。その中でも秋に行われる「地区運動会」は、町の恒例行事として長く続いている。

赤白に分かれた町会対抗の運動会では、玉入れや綱引きなど、子どもからお年寄りまでが楽しめる種目が並ぶ。普段はやらないような競技に夢中になっているうちに、気づけば誰もが笑顔だ。順位にかかわらず、参加賞として生活用品が配られるのも嬉しいところ。サランラップや洗剤など実用的な品が並び、子どもたちにはおもちゃが用意されている。まさに地域ぐるみの“エンジョイイベント”である。

だが、その中にひとつだけ、空気が変わる競技がある。それが「メディシンボール」だ。

大人たちが本気になる瞬間

ルールはシンプルだ。10人が一列に並び、ボールを頭上から後方へパスしていく。最後尾の人がボールを受け取ったら外側を走って先頭に戻り、再びパスを繰り返す。最初の人が再び先頭に戻ったチームの勝ち——というリレー形式の競技だ。

この競技だけは、大人たちの目の色が違う。「ラインはちゃんと踏めよ」「もっと早く渡せ!」と声が飛び交い、作戦会議が始まる。中には「この競技、俺が考えたんだ」と誇らしげに語る人までいて、周囲のテンションも自然と上がっていく。

運動会の最終種目で勝敗が決まる場面ともなれば、まさに“本気モード”だ。それでも、終わってみれば皆が笑顔で握手を交わす。勝っても負けても、そこにあるのは一体感と達成感。地域の運動会とは思えないほど、清々しい熱気が漂っていた。

「ガチ勢」と「エンジョイ勢」の境界線

こうした場では、自然と「ガチ勢」と「エンジョイ勢」に分かれる。勝ちを目指して全力を尽くす人もいれば、「楽しければいいじゃない」と笑って参加する人もいる。どちらも悪くない。むしろ両方がいるからこそ、イベントとしてのバランスが取れているとも言える。

ただ、時折感じるのは——“エンジョイ”の名のもとに、競技そのものへの敬意が薄れてしまう瞬間がある、ということだ。ルールを守らず笑ってごまかしたり、途中で集中が切れたり。それが「悪気のない楽しさ」であっても、真剣に取り組んでいる人からすれば、少し寂しく映ることがある。

「楽しむために、真剣であれ」

「楽しむ」と「真剣になる」は、実は矛盾しない。むしろ本気で取り組むからこそ、その瞬間が心に残る。それは運動会でも、スポーツでも、仕事でも同じだ。

メディシンボールの競技で、私たちは一列に並び、ボールを必死に回した。息が合わなければ前へ進まない。誰かが手を抜けば、チーム全体が遅れる。その中で、自然と「みんなで勝ちたい」という気持ちが生まれた。あの時の一体感は、ただのレクリエーションでは味わえないものだった。

エンジョイ勢であることは悪くない。むしろ、その柔らかい空気がイベントを温かく包んでくれる。でも、だからこそ「どうせ遊びだから」と軽く流さず、競技に対しては少しだけ真摯な気持ちを持って臨みたい。

「楽しく真剣に」——それがこの運動会を半世紀も続けてきた理由なのだと思う。笑って参加しながらも、ルールを守り、相手を敬い、仲間を信じて力を合わせる。その積み重ねこそが、地域の絆をつくっていく。

勝っても負けても、終わったあとの一言がすべてを物語る。
「いや〜、楽しかったね!」
その言葉の裏に、みんなの“本気”がちゃんと込められているからこそ、清々しく響くのだ。


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